熊本県立熊本高等学校
发布时间:2026-09-15 | 浏览:1
熊本県立熊本高等学校 (くまもとけんりつ くまもとこうとうがっこう, 英 : Kumamoto Prefectural Kumamoto High School )は、 熊本県 熊本市 中央区 新大江に所在する 公立 高等学校 。
略称は「 熊高 」(正式にはクマコウ、一般には 熊工こと熊本工業高校 との区別のため クマタカ と呼ばれる)。
熊本県立熊本中学校 (旧制中学校、 1879年 (明治12年)- 1888年 (明治21年))、 熊本県立済々黌高等学校#沿革 も参考。
1900年 (明治33年) 4月1日 - 熊本県中学済々黌より熊本県中学第二済々黌として分離される。定員は600名と定められる。 6月 - 野田寛、初代黌長に就任 [ 4 ] 。
4月1日 - 熊本県中学済々黌より熊本県中学第二済々黌として分離される。定員は600名と定められる。
6月 - 野田寛、初代黌長に就任 [ 4 ] 。
1900年 (明治33年)12月 - 済々黌が県費支弁校となり、「熊本県熊本中学校」と改称。
1901年 (明治34年)6月 - 「熊本県立熊本中学校」と改称。補習科を設置。
1903年(明治36年) 4月 - 玉名郡 弥富村に、熊本中学校玉名分校として分校を設置。 制服・制帽を改定。 徽章 を三つ葉 銀杏 に改める。
4月 - 玉名郡 弥富村に、熊本中学校玉名分校として分校を設置。
制服・制帽を改定。 徽章 を三つ葉 銀杏 に改める。
1904年 (明治37年)10月 - 飽託郡 大江村 (現在の熊本市中央区新大江)に新校舎が完成し、移転。
1906年 (明治39年)- 玉名分校が分離し、熊本県立玉名中学校 [ 5 ] として独立。
1909年 (明治42年)4月 - 校訓を制定し「士君子教育」を提唱。 英国 の男子 全寮制 パブリックスクール の教育理念を導入。
1910年(明治43年)10月 - 創立10周年記念式典を挙行。校歌を制定。
1912年 ( 大正 元年)11月 - 講堂が完成。
1923年 ( 大正 12年)1月 - 学生自治の気風を養成するために学級会が組織される。
1925年 ( 大正 15年)3月 - 野田寛校長退任。
1927年 ( 昭和 2年)6月 - 福田源蔵校長着任。
1928年 ( 昭和 3年)4月 - 定員1000名となる。
1939年 ( 昭和 14年)12月 - 2階建て170坪の新校舎落成。
1944年 (昭和19年) 6月 - 鹿屋飛行場への動員が始まる。 9月 - 学徒動員 令により、 健軍町 の 三菱重工 飛行場への動員が始まる。
6月 - 鹿屋飛行場への動員が始まる。
9月 - 学徒動員 令により、 健軍町 の 三菱重工 飛行場への動員が始まる。
1945年 (昭和20年) 7月1日 - 熊本大空襲 により図書館を残し、校舎が全焼。 9月 - 大江校・出水校を借用。 11月 - 旧十六部隊跡兵舎を仮校舎に授業を再開。( 1954年 (昭和29年)9月まで続く。)
7月1日 - 熊本大空襲 により図書館を残し、校舎が全焼。
9月 - 大江校・出水校を借用。
11月 - 旧十六部隊跡兵舎を仮校舎に授業を再開。( 1954年 (昭和29年)9月まで続く。)
1947年 (昭和22年)4月 - 学制改革 時の暫定措置として、併設中学校を設置し、旧制中学校の2・3年生を収容。(旧制中学校は廃止、新制中学校が発足。)
1948年 (昭和23年) 4月 - 学制改革により、「熊本県立熊本高等学校」(男子校)と改称。旧制中学校4・5年生と卒業生希望者を収容。 5月 - 「熊高学苑新聞」創刊。 6月 - 定時制が発足。
4月 - 学制改革により、「熊本県立熊本高等学校」(男子校)と改称。旧制中学校4・5年生と卒業生希望者を収容。
5月 - 「熊高学苑新聞」創刊。
1949年 (昭和24年) 3月 - 併設中学校を廃止。 4月 - 新 学区制 導入により 男女共学 となる。初の女子生徒8名が入学。 9月 - 熊本県立第一高等学校 より定時制が移管・統合される。
4月 - 新 学区制 導入により 男女共学 となる。初の女子生徒8名が入学。
9月 - 熊本県立第一高等学校 より定時制が移管・統合される。
1953年 (昭和28年) 6月26日 - 熊本大水害 で、校舎が浸水。
1954年 (昭和29年)- 新校舎が完成し、移転。
1970年 (昭和45年)3月 - 野田・福田両校長の胸像除幕。
1971年 (昭和46年) 2月19日 - 第3棟(普通教室・食堂・文化部部室)が火災で焼失。プレハブ校舎での授業を行う。
1974年 (昭和49年)- 校舎改築工事が完了。
1979年 (昭和54年)3月 - 熊本県立江津高等学校(現・ 熊本県立湧心館高等学校 )の新設に伴い、定時制課程の募集を停止。
1980年 (昭和55年)11月 - 江原会館(同窓会館)が完成。
1982年 (昭和57年)3月 - 定時制課程 を廃止。弓道場が完成。
1996年 (平成8年)1月 - 体育館・プールが完成。
1996年 (平成8年)- イートン・カレッジ サマースクールに初めて参加。
1998年 (平成10年)10月 - イートン・カレッジ ボート 部が来校。
1999年 (平成11年)- 熊本県立済々黌高等学校と、年に1度の野球対抗戦を開始。
2000年 (平成12年) 10月 - イートン・カレッジ 聖歌隊 チャペルクワイアが来校。 11月 - 創立100周年記念式典を挙行。キャッチフレーズは「友だちはいつも、ここにいる。」。
10月 - イートン・カレッジ 聖歌隊 チャペルクワイアが来校。
11月 - 創立100周年記念式典を挙行。キャッチフレーズは「友だちはいつも、ここにいる。」。
2001年 (平成13年)8月 - ひのくに新世紀総体2001 において バスケットボール ・ 水球 競技の会場となる。
2009年 (平成21年)3月 - バリアフリー化により校舎に エレベーター を設置。
2010年 (平成22年)11月 - 創立110周年記念式典を挙行。
2016年 (平成28年)4月 - 熊本地震 により管理棟など校舎の一部と体育館アリーナが損壊。運動場にプレハブ校舎を仮設。
生活・行事・授業などでは 3学期制 であるが、成績に関しては前期・後期で分ける 2学期制 をとる。
4月 - 入学式、対面式、1年オリエンテーション、2・3年実力養成考査、新入生テスト、1年士君子合宿
5月 - スポーツテスト、身体計測・健康診断、生徒会役員選挙、第1回AT(定期考査) [ 6 ] 、育友会( PTA )総会、教育実習、県高校総体・総文祭
6月 - 全校一斉英単語テスト、高校総体
7月 - 第2回AT、各学年保護者懇親会、校内水泳大会、イートン校サマースクール、前期課外(補習)
8月 - 後期課外(補習)、熊高音楽会
9月 - 1・2年実力養成考査、体育祭、文化祭
10月 - 第3回AT、1・2年 小論文 コンクール、新2年コース説明会、創立記念日、学校説明会、済々黌高等学校との野球交流戦
11月 - 創立記念講演、芸術鑑賞、1年第4回AT、1・2年保護者会、クラスマッチ(3年)
12月 - 修学旅行、2・3年第4回AT、1・2年県下一斉テスト(2012年から実施しない)、冬季課外
1月 - 1・2年実力養成考査、百人一首大会、3年 大学入学共通テスト 、1・2年小論文コンクール、予餞会
2月 - 1・2年第5回AT、 国公立大学 前期試験
3月 - 卒業式、クラスマッチ(球技大会、1・2年)、国公立大学後期試験
野球 部 1953年 (昭和28年)8月 - 第35回全国高等学校野球選手権大会 ( 夏の甲子園 )に出場。(初出場) 1955年 (昭和30年)8月 - 第37回全国高等学校野球選手権大会 に出場。(2度目)
1953年 (昭和28年)8月 - 第35回全国高等学校野球選手権大会 ( 夏の甲子園 )に出場。(初出場)
1955年 (昭和30年)8月 - 第37回全国高等学校野球選手権大会 に出場。(2度目)
ラグビー 部 1989年 (平成元年)12月 - 第69回全国高等学校ラグビーフットボール大会 (花園)に出場。(初出場) 1992年 (平成4年)12月 - 第72回全国高等学校ラグビーフットボール大会 に出場。(2度目) 1993年 (平成5年)12月 - 第73回全国高等学校ラグビーフットボール大会 に出場。(3度目) 1997年 (平成9年)12月 - 第77回全国高等学校ラグビーフットボール大会 に出場。(4度目)
1989年 (平成元年)12月 - 第69回全国高等学校ラグビーフットボール大会 (花園)に出場。(初出場)
1992年 (平成4年)12月 - 第72回全国高等学校ラグビーフットボール大会 に出場。(2度目)
1993年 (平成5年)12月 - 第73回全国高等学校ラグビーフットボール大会 に出場。(3度目)
1997年 (平成9年)12月 - 第77回全国高等学校ラグビーフットボール大会 に出場。(4度目)
弓道 部 1964年 (昭和39年)6月 - 第19回国民体育大会 ( 新潟県 )で男子 弓道 部が優勝。
1964年 (昭和39年)6月 - 第19回国民体育大会 ( 新潟県 )で男子 弓道 部が優勝。
山岳 部 2001年(平成13年)8月 - ひのくに新世紀総体2001種目男子縦走で優勝。
2001年(平成13年)8月 - ひのくに新世紀総体2001種目男子縦走で優勝。
ESS(English Speaking Society)
K.S.O. [ 7 ] ( 弦楽 オーケストラ )部
アコースティックギター 同好会
熊本地震 (2016年) による建物等の被害は以下のとおりである。
第1棟(職員室・特別教室など)-外壁の損傷や一部倒壊、水道管の破裂による水浸し (生徒の立ち入りは禁止。)
渡り廊下-外壁の損傷 (全面的に使用禁止)
体育館-アリーナの天井一部損傷により全面的に使用禁止 (ただし、8月より1階の柔道場・剣道場・トレーニングルームは開放。)
野田寛初代校長・福田源蔵第3代校長の銅像-揺れにより、台座の正位置より少しずれている。
このほかにも、多数、被害が見られる。グラウンドに仮設校舎が建設され、職員室や物理室・情報科室などの特別教室が入室していた(2019年2月に解体)。音楽室は第3棟(通称:隔離棟)に入室。被服室・進路室が入室していた特別棟は、補修を終え2017年秋より使用を再開。また、図書館棟が改修(2020年3月完成)。体育館アリーナは2018年2月より使用を再開。
JR 豊肥本線 「 水前寺駅 」
熊本市交通局 ( 路面電車 )「 味噌天神前電停 」
熊本都市バス (島崎保田窪線) 「熊高正門前」バス停下車徒歩1分
熊本都市バス (子飼渡瀬線) 「熊高裏」バス停下車徒歩5分
熊本県道28号熊本高森線 、「白山」交差点
↑ 熊中・熊高100周年 、青年江原会
↑ 制定前は、前身である済々黌の 桜 の花を校章に使用していた。
↑ “ イートン校交流までの歴史 ”. 熊本県立熊本高等学校. 2008年8月4日時点の オリジナル よりアーカイブ。2021年3月15日閲覧。
↑ それまでは済済黌校長、井芹経平が兼任していた。
↑ 現在の 熊本県立玉名高等学校
↑ Achievement Test(到達度確認テスト)の略。
↑ Kumako Strings Orchestraの略。
熊中・熊高百年史編纂委員会『熊中・熊高 百年史』熊本県立熊本高等学校、2000年10月。
旧制中等教育学校の一覧 (熊本県)
熊本県立玉名高等学校 - 旧制中学校時に開校された分校を前身とする。
地図 - Google マップ
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全国高等学校野球選手権大会出場校
全国高等学校ラグビーフットボール大会出場校
全国高等学校7人制ラグビーフットボール大会出場校
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