ドレミのうた
发布时间:2026-08-24 | 浏览:3
ドレミの歌 [ 1 ] [ 2 ]
「 ドレミのうた 」( 英 : Do-Re-Mi )は、 ミュージカル 『 サウンド・オブ・ミュージック 』の歌の1つ。 1959年 の作品。 オスカー・ハマースタイン2世 作詞、 リチャード・ロジャース 作曲。
同名のアメリカ映画『サウンド・オブ・ミュージック』 (1965年)でも歌われた。
日本では歌手の ペギー葉山 が「ドレミのうた」という名称で、自ら訳して歌唱したバージョンが広く知られている。オリジナルの曲名は単に「ド-レ-ミ」であるが、引用や発言を除き、本稿ではペギー葉山の訳した曲名とする。
『サウンド・オブ・ミュージック』
ヒロインである マリア・ライナー 先生がトラップ一家の子供達に 音名 (ドレミ)を教える場面で、マリア先生と子供達によって歌われる歌である。同ミュージカルが映画化された『 サウンド・オブ・ミュージック 』(1965年)でマリアを演じた ジュリー・アンドリュース に歌われて有名になった。ミュージカルから離れても広く愛唱されており、非常に有名な歌である。子供が学校で初めて覚える歌の1つでもある。
各節の歌詞の冒頭が「ドレミファソラシ」になっていて、なおかつ各節のメロディの冒頭も「ドレミファソラシ」になっているため、音名を覚えるには最適とされる。この発想はイタリア語音名(ドレミ)の由来となった『 聖ヨハネ賛歌 』と通じるものがある。
英語原詞はそれぞれの音名と同じまたは似た発音の単語を使っている。
英 : doe (ド)は 英 : female Deer (雌 鹿 )
英 : ray (レ)は 英 : a drop of golden sun (黄金色の太陽からこぼれおちた光)
英 : me (ミ)は(自分を指す英語me) ミー
ファは「遠い」という意味のfar
ソは「針で縫う」という意味のsew
ラには適当な英単語がなかったので「ソの次の音」
si 「シ」音を ti 「ティ」と発音して「ジャム付きのパン」とつないでいる [ 3 ] ので 英 : tea ( 紅茶 )に掛けている
日本では映画で使用されたアンドリュースによる録音がシングルカットされ、 日本ビクター から発売された。 1972年 には同一品番・同内容でレーベルを RCA に替え、再発された(ジュリー・アンドリュースと子供たち「ド・レ・ミの歌」規格品番:SS-1532。B面は同映画の主題歌「サウンド・オブ・ミュージック」。
日本では ジャズ 及び 歌謡曲 の歌手である ペギー葉山 が自ら 日本語 の歌詞をつけて紹介したものを含めて、幾つかの日本語版が発表されてきた。
多くの日本語詞では音名が頭につく単語を用いている。例えばドの場合、ドーナツ(ペギー葉山版及び越路吹雪版)、 ドラム (滝弘太郎版及び宮本亜門版)、甘い ドロップ (宮城まり子版)、どこまでも(九重佑三子版)となっている。
2006年 (平成18年)に 文化庁 と 日本PTA全国協議会 が「 日本の歌百選 」に選定した [ 4 ] 。
葉山版は 1961年 (昭和36年)にLPで発売され [ 5 ] 、 1962年 (昭和37年)に NHK の『 みんなのうた 』で使用された。同年 7月10日 に「ドレミの うた 」 [ 注 1 ] の曲名でシングル「大人とこども」のB面曲として発売され、 1965年 (昭和40年)に再録音版が「ドレミの 歌 」の曲名でシングルレコードとして発売された。 1974年 (昭和49年)以後、日本の 音楽 の教科書にもたびたび掲載され [ 1 ] 、広く知られている。『みんなのうた』での放送後、視聴者からの楽譜の希望が多かった曲の一つである [ 6 ] 。
葉山は 1960年 (昭和35年)に ロサンゼルス で開催された日米修好100年祭に招待された直後に ブロードウェイ に立ち寄り、そこで『サウンド・オブ・ミュージック』を観て感銘を受けた。彼女は劇場の売店で譜面とオリジナル LP を購入し、そのままホテルへ直行し1番の訳詞を手がけ、日本に持ち帰った [ 7 ] [ 8 ] [ 9 ] 。
後に彼女は歌詞中にドーナツを登場させたことについて、戦時中の集団 疎開 で食べ物が乏しい中、一番食べたかったものが母親手作りのドーナツだったことからこの歌詞を着想したと語っている [ 8 ] [ 10 ] 。彼女は当初、音名に対応する語をすべて食べ物にしようとしていたが(ミは ミカン など)、「ファ」で始まる食べ物が飲み物である ファンタ しか思いつかず、これでは商品名( 商標 名)になるため断念した [ 11 ] というエピソードがある。原曲には存在しない2番はレコード化される際に新たに付け加えられたもので、葉山は 東北地方 へコンサートに出かけた際に車窓から小学校で運動会の予行演習をしていた子供たちの姿を見て歌詞を書いた [ 11 ] 。因みに彼女は元々作詞の 印税 契約をしていなかったので、彼女には本曲の作詞印税が全く入らないという [ 12 ] 。
葉山版は アメリカ のイメージが強い ドーナツ が登場するなど [ 13 ] 、 オーストリア の一家の物語であるミュージカルとの関連性が希薄になっている。そのこともあり、『サウンド・オブ・ミュージック』の日本公演で葉山版が使われることは長らくなかった [ 13 ] 。しかし、 2007年 からの 劇団スイセイ・ミュージカル による『サウンド・オブ・ミュージック』では葉山が修道院長役で出演し、葉山版が初めて使用された。 2010年 の 劇団四季 による『サウンド・オブ・ミュージック』でも葉山版が使用されている。
映画版でマリアを演じた ジュリー・アンドリュース も、1977年の来日コンサートで「ドレミの歌」を歌った際、途中から葉山版の日本語詞を披露している。
アニメ『 トラップ一家物語 』では、 主題歌 に葉山版の本曲が用いられた(詳細は トラップ一家物語#主題歌 を参照)。
葉山は本曲の日本語詞を作詞したことが縁となり、 1995年 (平成7年)にNHKのテレビ番組「世界・わが心の旅」で、当時存命中であったトラップ家の人々との対面が実現した [ 14 ] 。
2014年8月13日放送の『 水曜日のダウンタウン 』で、すべて食べ物の歌詞が葉山本人によって書き下ろされた( どんぶり ・ レンコン ・ みそ汁 ・ ファミチキ ・ そぼろ ・ らっきょ ・ しば漬け )。2015年6月8日にテレビ東京で放送された『大人も知らない大人の事情』では、全ての歌詞を食べ物の商品名にした「ドレミのうた 〜大人の事情バージョン〜」が葉山と 紺野あさ美 によって書き下ろされた( どん兵衛 ・ レッドブル ・ ミルミル ・ ファンタ ・ 爽健美茶 ・ ラ王 ・ 白い恋人 )。
2021年 3月6日 、『みんなのうた』誕生秘話番組『そして「みんなのうた」は生まれた』(第1回。 NHK Eテレ )で、放送第1曲『 おお牧場はみどり 』と共に本曲の誕生秘話を放送。 志村建世 ディレクターと、2017年に死去した葉山の生前のインタビュー、そして本曲を放送したが、曲の音声は「 みんなのうた発掘プロジェクト 」(2011年 - 2021年)で視聴者から提供されたものの、映像は提供されなかったので、志村ディレクターが所有していた当時の『みんなのうた』写真に合わせて曲を放送した。そして同年 4月 にはラジオのみで58年9か月ぶりに再放送される。
大人とこども 作詞:ルネ・ルゾー( René Rouzaud )、訳詞: 藤田敏雄 、作曲:ウェイン・シャンクラン( Wayne Shanklin )、編曲:小野崎孝輔、歌:ペギー葉山、庄司淳 原題は" L'Homme et l'Enfant "、 エディ・コンスタンティーヌ とタニア・コンスタンティーヌが歌った 同名映画 の主題歌のカバー
作詞:ルネ・ルゾー( René Rouzaud )、訳詞: 藤田敏雄 、作曲:ウェイン・シャンクラン( Wayne Shanklin )、編曲:小野崎孝輔、歌:ペギー葉山、庄司淳
ドレミのうた 作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:ペギー葉山、作曲:リチャード・ロジャース、編曲:小野崎孝輔、歌:ペギー葉山、東京少年合唱隊
作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:ペギー葉山、作曲:リチャード・ロジャース、編曲:小野崎孝輔、歌:ペギー葉山、東京少年合唱隊
ドレミの歌(「サウンド・オブ・ミュージック」より) 作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:ペギー葉山、作曲:リチャード・ロジャース、編曲: 小野崎孝輔 、歌:ペギー葉山、ひばり児童合唱団、レオン・サンフォニエット
作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:ペギー葉山、作曲:リチャード・ロジャース、編曲: 小野崎孝輔 、歌:ペギー葉山、ひばり児童合唱団、レオン・サンフォニエット
ひとりぼっちの羊飼い ( 英語版 ) (「サウンド・オブ・ミュージック」より) 作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞: あらかはひろし 、作曲:リチャード・ロジャース、編曲: 若松正司
作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞: あらかはひろし 、作曲:リチャード・ロジャース、編曲: 若松正司
ラ・ノビア 作詞・作曲:ホワキン・プリエート、訳詞:あらかはひろし、編曲:若松正司
作詞・作曲:ホワキン・プリエート、訳詞:あらかはひろし、編曲:若松正司
ドレミの歌 作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:ペギー葉山、作曲:リチャード・ロジャース、編曲:小野崎孝輔、歌:ペギー葉山、 ひばり児童合唱団
作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:ペギー葉山、作曲:リチャード・ロジャース、編曲:小野崎孝輔、歌:ペギー葉山、 ひばり児童合唱団
宮城まり子 は 1959年 ( 昭和 34年)、『サウンド・オブ・ミュージック』をブロードウェイ公演の初日に見て感銘を受け、帰国後 岩谷時子 の日本語詞で吹き込んだ [ 9 ] 。宮城版は 1962年 (昭和37年)発売のLP『まり子のミュージカル』(ビクター LV-263)に収録され、 1963年 (昭和38年)7月にシングルカットされた。宮城版の曲名は「ドレミの 唄 」である。
宮城は1962年の『 第13回NHK紅白歌合戦 』でも「ドレミの唄」を歌っている。
ドレミの唄(「サウンド・オブ・ミュージック」より) 作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:岩谷時子、作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:岩谷時子、作曲:リチャード・ロジャース
気まゝな暮らし ( 気ままなくらし ( 英語版 ) ) (「 アニーよ銃をとれ 」より) 作詞・作曲: アーヴィング・バーリン 、訳詞:岩谷時子 「ドレミの唄」と同様に『まり子のミュージカル』からのシングルカット。
作詞・作曲: アーヴィング・バーリン 、訳詞:岩谷時子
「ドレミの唄」と同様に『まり子のミュージカル』からのシングルカット。
1965年 (昭和40年)に開始された『サウンド・オブ・ミュージック』の日本公演では、滝弘太郎による日本語詞が使われてきた [ 13 ] [ 9 ] 。滝は、英語原詞を直訳して日本語にすると歌詞が長くなりすぎて音符に乗らず、意訳するとミュージカルと繋がらなくなるということで、日本語詞には苦心したという [ 13 ] 。また、 1992年 (平成4年)からの日本公演では、 宮本亜門 による新たな日本語詞が使われている [ 13 ] 。
萩原芳子の日本語詞により 九重佑三子 が歌ったものが 1965年 (昭和40年)10月、シングル「 チム・チム・チェリー 」のB面曲として発売された。九重版の曲名は「ドレミの うた 」である。
チム・チム・チェリー(映画「 メリー・ポピンズ 」より) 作詞・作曲:リチャード・M・シャーマン、 ロバート・B・シャーマン 、訳詞:萩原芳子
作詞・作曲:リチャード・M・シャーマン、 ロバート・B・シャーマン 、訳詞:萩原芳子
ドレミのうた(映画「サウンド・オブ・ミュージック」より) 作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:萩原芳子、作曲:リチャード・ロジャース
作詞:オスカー・ハマースタイン2世、訳詞:萩原芳子、作曲:リチャード・ロジャース
岩谷時子の日本語詞(宮城に提供したものとは異なる)により 越路吹雪 が歌ったものが存在し、 1974年 (昭和49年)発売のLP『ようこそ劇場へ -越路吹雪ロング・リサイタル-』(東芝EMI TP-60022/3)に収録されている。
フジテレビ の番組「 オールスター家族対抗歌合戦 」ではオープニングテーマに本曲が使用されたが、歌詞は番組オリジナルの日本語詞であった。
2018年 4月20日 放送の NHK のクイズバラエティー番組『 チコちゃんに叱られる! 』にて、 音色 名の由来となった『 聖ヨハネ賛歌 』の歌詞に基づく「ドレミのうた」(ド:「〜のように (Ut)」など。作詞: 金澤正剛 )が作成され [ 15 ] 、 八代亜紀 が歌唱した。
ピンキーとキラーズ - シングル「 ゆびきりげんまん 」( 1968年 )。ペギー葉山の訳詞。
スパークス - セカンド・アルバム『 ウーファー・イン・トゥイーターズ・クロージング 』(1972年)
山野さと子 、 森の木児童合唱団
山下久美子 feat. 甲本ヒロト ( THE HIGH-LOWS ) - アルバム『 Duets 』( 2005年 )
林原めぐみ - アルバム『 林原めぐみ たのしいどうよう 』( 2007年 )
ROCO - アルバム『こどもじゃず』( 2010年 3月31日)『こどもじゃずいっぱい』( 2012年 7月18日)
あべこうじ - 2010年の R-1ぐらんぷり にて、最終決戦で「ドレミのうた」を題材とした漫談を披露して 優勝 を果たした [ 注 2 ] 。
カナリア - 2010年の M-1グランプリ にて、ファーストラウンドで「ドレミのうた」を使った「 ドレミのうたゲーム 」をするという内容の漫才を行った [ 注 3 ] 。
銀シャリ - 2016年のM-1グランプリにて、ファーストラウンドで「ドレミのうた」を題材とした漫才を披露して総合1位となり、最終的には 優勝 を果たした [ 注 4 ] 。
岩橋良昌 / マッサマン - 岩橋が2021年8月21日OAの『 芸能人が本気で考えた!ドッキリGP 4時間SP』で替え歌( ドッキリのドレミのうた )を披露した。2024年ごろからは、マッサマンが担当しているほか、 向井康二 と 菊池風磨 が自身のグループにドッキリを仕掛ける特別編も作成されたことがある。
↑ これはジャケット表面での表記で、ジャケット裏面では「ドレミの 唄 」と表記。
↑ ただし、後に U-NEXT で配信された大会時の映像では、著作権の都合上、メロディを歌った部分の音声がカットされている。なお、同年大会のDVDは、あべに限らず決勝大会自体一切収録されていない。
↑ ただし、後に発売された大会の模様を収録したDVDでは、著作権の都合上ネタを全てカットされており、代わりに準決勝で披露したネタが収録されている。
↑ ただし、後に発売された大会の模様を収録したDVDでは、著作権の都合上「ドレミのうた」を題材としたネタは全てカットされている。代わりに銀シャリ自身による「幻のファーストラウンド漫才完全解説」という特典映像が収録された。
1 2 3 4 『歌い継がれる名曲案内 音楽教科書掲載作品10000』日本アソシエイツ、2011年、657頁、844-845頁。 ISBN 978-4816922916 。
↑ 『歌い継がれる名曲案内 音楽教科書掲載作品10000』557頁。
↑ “ 日本の歌百選 ” (PDF). 文化庁. 2024年3月24日閲覧。
↑ 竹内貴久雄『唱歌・童謡120の真実』ヤマハミュージックメディア、2017年、253頁。 ISBN 978-4-636-91064-3 。
↑ 「NHK『みんなのうた』名曲、愛唱歌生み35年 母と子へ966のメロディー」『 読売新聞 』1996年3月27日付東京夕刊、9頁。
↑ 『唱歌・童謡ものがたり』50頁。
1 2 『ドレミの歌』は人生の宝物 ペギー葉山 西日本新聞 、2012年9月18日
1 2 3 「歌のあるばむ ドレミの歌」『 読売新聞 』1983年3月27日付朝刊、26面。
↑ 劇団四季 編集部編『サウンド・オブ・ミュージック』 2010年
1 2 『唱歌・童謡ものがたり』51頁。
↑ 『 サンデー毎日 』2016年3月6日号、140-141頁。
1 2 3 4 5 読売新聞文化部『唱歌・童謡ものがたり』岩波書店、1999年、52頁。 ISBN 4000233408
↑ 『唱歌・童謡ものがたり』53頁。
↑ 『 NHKウイークリーステラ 』2020年5月1日号、23頁。
Do-Re-Mi - YouTube (映画『 サウンド・オブ・ミュージック 』のバージョン)
ドレミの歌(訳詞:ペギー葉山) - YouTube ( キグルミ のカバー版)
NHK みんなのうた - ドレミの歌 - ペギー葉山|音羽ゆりかご会
みんなのうたの楽曲 (1960年代)
フジテレビのテレビアニメ主題歌
第13回NHK紅白歌合戦歌唱楽曲
リチャード・ロジャースが制作した楽曲
オスカー・ハマースタイン2世が制作した楽曲
ニュー・サウンズ・イン・ブラス
スパークス (バンド) の楽曲
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