SL乗車体験
发布时间:2026-09-21 | 浏览:2
乗車体験ができる国内最古の蒸気機関車・客車
明治時代製造のSLが客車を牽引して走行しており、実際に乗車することができます。 客車に至るまですべてが100年以上の時を経た明治時代製造の車両で、実際に走行・乗車できることは国内のみならず世界的にも珍しく、時代ロマンを感じる貴重なひとときを体験することができます。 また、当時と同じ運行業務を再現した連結作業や転車作業など、運行業務にも見どころがいっぱいです。 運休日がございます。⇒ 時刻表ページ をご確認ください。
機関車の向きを変える転車作業(※転車台不具合のため、長期休止中)や、機関車と客車の連結作業など、各種運行業務は明治時代の作業方法を再現しています。 転車作業は、機関士が緻密な操作でSLを転車台の重心位置に乗せ、機関助士と車掌が力を合わせ人力で転車台を回します。 連結作業は、車掌の旗振りのもと、機関士がSLと客車を密着させ、機関助士と車掌で鎖(螺旋連環式連結器)を連結します。 ホームに到着したSLは連結開放→方向転換→連結の作業を約5分間でこなします。 SLが駅に入ってきた後の運行スタッフたちの動きにも是非ご注目下さい。 ※混雑時等は安全確保のため、係員がお客様の誘導を行う場合があり、各種作業の見学ができない場合がございます。ご見学に際しご迷惑をお掛けいたしますが、安全な運行の為にご理解ご協力のほど、何卒よろしくお願い申し上げます。 ※平日や混雑時に改札開始の時間が前後する場合があり、乗車駅ではご見学いただけない可能性もございます。その際は到着駅にて各種作業をご見学下さい。
動態展示しているものとして、日本最古を誇る明治村の機関車12号。 多くのSLと同様に、解体の危機に見舞われたこともありましたが多くの人々の力で今日に至るまで無事に保存されてきました。 明治村では、村内での点検・修理を実施するとともに、約6年に一度の周期でオーバーホールを行うことで、この唯一無二の貴重な車両を未来へ残すための活動を続けています。
明治村では三両の客車を牽引していますが、そのどれもが明治時代に製造され、今もお客様を乗せて走行できる国内でも非常に希少な存在です。 特に、真ん中のハフ11は三両のなかで最も古い明治41年製(西暦1908年)で、日常的に走行しているものとしては国内最古の貴重な客車です。 とはいえ、三両編成となるとどうしても先頭と最後尾が人気になり、見落とされがちなハフ11。実は非常に見晴らしのいい客車でもあります。 これら三両には車内照明がなく、自然光のみで明るさを確保するための工夫が凝らされていますが、この構造に違いがあることが主な理由です。 ハフ13、ハフ14の天井にはあかり取りの窓が設置されているため、車体の前後(連結器がある側)のデッキや壁面に遮られ、細い乗車口ドア部分からしか採光ができなくても室内の明かりを十分に確保できます。 対してハフ11はその部分に通気口があり、天井から光が取り込めないため、前後方向に大きな窓が設置され、そこから光を取り込む構造になっています。乗ってみるとぐるりと一周ガラスに囲まれているようなかたちです。 比較的座席が空きやすく穴場のハフ11、HPで事前に下調べをしてくださったお客様にぜひご乗車いただきたい自慢の客車です。 ※ハフ11は雨が吹き込みやすく、床板等各部を傷めやすい構造の為、雨天時に封鎖させていただく場合がございます。ご見学に際し、ご迷惑をお掛けいたしますが、なにとぞご容赦ください。
明治時代から走り続ける蒸気機関車 蒸気機関車12号・9号・三等客車
明治時代から走り続ける蒸気機関車 蒸気機関車12号・9号・三等客車
明治5年(1872)、日本で初めての鉄道(新橋-横浜間)が開通。その頃、煙をあげて走る蒸気機関車は「陸蒸気」と呼ばれていました。 現在の明治村では、当時から走り続けている蒸気機関車12号・9号が『SLなごや駅』と『SLとうきゃう駅』の間を繋いでいます。(走行する蒸気機関車は日によって異なります。) 実際に乗ることができる客車も、明治41年(1908)製造のハフ11、明治45年(1912)製造のハフ13・14の計3両あり、機関車も含めてすべて明治時代の車両による編成です。
明治体験処 ハイカラ衣装館《散策コース》
- GOURMET & SHOPS -
村内の2丁目・3丁目・4丁目にある3つの駅を結ぶ、路面電車の京都市電。 日本で初めて鉄道が開通したのは新橋‐横浜間ですが、続いて日本で初めて路面電車(市内電車)が開通したのは京都でした。明治村を走る京都市電は、開通当初の京都電気鉄道から京都市電へと移り変わっていく間の時代、明治45年に開通した北野線を走行していた車両(製造は明治43~44年)です。 乗務員の村内案内と共に景色を眺めながら、当時と同じくらいの速度で走行する京都市電。特徴のある警鐘の音や、終点駅でのポールの付け替え作業にも是非注目を。
村内9つの停留所を巡り、音声による建物や見どころの案内をしながら約20分かけて走行する村営バス。 村内の広さをいち早く体感し、気になった建物近くの停留所で降りて探索することができるおすすめの移動手段です。
- IN THE SAME AREA -
六郷川鉄橋は日本初の複線用鉄橋です。明治5年(1872)に日本で鉄道が開業した当時、新橋-横浜間に架かる22の橋は全て木橋でした。開通後、複線化の計画により鉄橋への架け替えが進められました。 お雇い外人の英人土木技師ボイルの設計で、全長は約500m、錬鉄製トラス桁6連からなる本橋と避溢(ひつい)橋で構成されていました。明治45年に東海道線の複々線化に際してこの鉄橋は外され、単線用に改造されて御殿場線の酒匂川に架けられた後、昭和40年に役目を終えました。明治村へは本橋部のトラス1連が移築されています。
この建物は、1889年(明治22)頃、ハワイ島ヒロ市ケヤベ街のワイルック川のほとりに建てられた教会です。キリスト教組合派の牧師であった岡部次郎により、日本人向けの教会として造られました。教会の役目を終えた後は、周辺の日本人の集会所に。さらにヒロ市の英字新聞社の倉庫として使われるようになりました。 周囲が湿地であったため高床となり、入口が太鼓橋のように造られています。構造はツーバイフォー形式より古いバルーン・フレームという構法で造られています。
近代郵便制度の事業拡大にあわせ、伊勢神宮外宮前に建てられた郵便局舎。木造平屋建ての銅板葺きで、中央の頂きには円錐ドーム形の屋根、両翼には寄棟の屋根を伏せています。 正面の左右には、小さなドームをのせた角塔が。外部の装飾は北欧で見られるハーフティンバー様式で、漆喰塗りと下見板張りの壁が使い分けられています。欄間(らんま)部分に施された、漆喰塗りのレリーフも特徴的です。 窓口業務を行っていたカウンター、郵便物の発着口、切手倉庫、電話交換室など、当時の郵便局機能を支えていた各部分を見ることができます。
How to enjoy Meiji-Mura